昭和49年4月16日生まれ。
家族は妻、子供が2人です。
平成20年夏に次女が生まれ、上の娘は
だんだんお姉ちゃんぶりを発揮してきました。
私は名田庄村の挙野に二人兄弟の
次男として生まれました。
名田庄保育所、小学校を卒業し、高校は地元を離れ敦賀気比高校に入学しました。
幼い頃から野球が大好き。
小学校から高校まで野球に夢中でした。
甲子園を目標に練習を頑張っていましたが、残念なことに
公式戦では1勝も出来ずに終わってしまいました。
また家族と離れた寮での生活、その経験は忘れられません。
厳しい練習後のひどく汚れたユニフオームの手洗いは
特にたいへんでした。
しかしここで精神面でも鍛えられたことが
今の自分につながっていると思っています。

部活も終わり就職活動が始まると、メガネ工場や建設会社からの誘いがありましたが卒業後は地元に帰ることを自分の中で決めていました。
そこで親父に相談です。
「一緒に左官をする!」と頼んだところ、冬場はどうしても仕事がない為、
会社勤めの方が収入も安定して確実だ・・と諭され左官業を断念しました。
小浜市内の工場で7年間、その後リサイクル業者でトラックの運転を約3年間しましたが、
ついに転機が訪れました。
その頃から父のしていた左官業の人手が足りなくなってきたこと、さらに若い世代の左官職人も数少なかったこともあり、これを機会に左官業の仲間入りをする事に決めました。
体力には自信がありましたが、コテを
持たせてもらうとコテに材料がのらなくて
下にこぼれるばかりでした。徐々に慣れ始め、上手く塗れた時は大変うれしかったことを思い出します。父の腕前に近づけるよう日々頑張っています。左官業の高齢化が進む中、若手の僕達がこれからどんどん頑張っていきたいと思っています。

お客様から「やっぱり塗り壁の家はいいね。」と言ってもらった時は本当にうれしいです。
最近、住宅工事でもアレルギー対策などで、珪藻土などの土壁が注目されています。
いつの時代になっても伝統的な技術を受け継ぎ、さらに現代風なデザインや技術も取り入れ頑張っていきたいです。
どうぞよろしくお願いします。 |